神殺しの原


                         ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

  この物語はSF仕立てのシナリオです。そういうシナリオ募集に応募するために書いたものです。まあまあ気に入っていあますが、皆さんはどうお感じになるのでしょうか?

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 西暦12954年、月から巨大な宇宙船が108名の選り抜かれた人々を乗せ地球へと飛び立った。地球は1万年前の核戦争の影響で未だ放射能に汚染されてはいたが、地球帰還を最終目的とする人々の熱意が、この調査隊派遣を実現させたのである。
 月に居住する人々は、地球破滅の時、たまたま宇宙ステーションに滞在していた科学者、753人の子孫で、彼等は月に移り住み、内部を穿ち、幾世代もの粒粒辛苦を重ね、そこを快適な居住空間に変えてきたのだ。
 彼らの科学文明は生命の神秘をも解明し途方もない寿命を人間にもたらした。人はよほどのことがない限り300年という長い時を生き、そして死ぬ。
 眠るような安らかな死が約束されている。しかし、事故で死ぬことも稀にある。人々の悲嘆は想像を絶する。これほどの不幸はないからだ。だからこそ、人々は萎縮し、冒険と言う人類の本来備わっている美徳を失って久しかったのである。
 調査隊の司令官は地球帰還推進連盟のメンバーであるアンリ。彼は、放射能で汚染された地球に人類として初めて降り立つことになった。アンリの下には4人の補佐官がいる。
マリ:38人いる女性隊員の一人で生物学者。
スサ:軍人。宇宙探査から生還した英雄で、マリの恋人。
ウノ:天才と言われる言語学者。
ミチ:月軍司令官エンの息子。

◎宇宙船の司令室。外では宇宙服に身を包んだ人々が建設マシンを操縦し密林を切り開いている。四人の補佐官がアンリの後姿を見詰める。アンリは深いため息をつき振り返る。
アンリ「地下要塞完成まであと4ヶ月だ。完 成まで待てなのか?まして連れてゆくのが 38人というのも多すぎる」
マリ「司令官、推進連盟から矢の催促です。 この地域に彼等が生存している可能性は殆どありません。ですからX地点を捜索したいのです。あそこは水も豊富ですし、可能性はここより大きいと思います」
アンリ「推進連盟が少しでも早く成果が欲し いと焦る気持ちも分かる。しかし、彼らが X地点にいるという保証もないのだから、 基地建設を優先すべきだだと思う」
ミチ「アンリ、下調べをしたがX地点はかな り有望だ。40名がそちらに行けばここの 規模を縮小出来るし、二つ目の基地も造れ る。その分が調査の効率も上がるというものだ」
  年上の司令官に対等の口をきくミチに舌 打ちし、ウノはチラリとアンリを見る。
マリ「司令官、地球帰還推進連盟が我々に最 も期待していることは、この悪条件の中、 人類が生存しているという事実を掴むことです。それも一日も早く」
  誰もが押し黙る。ウノの靴音だけが響く。 ウノが4人の前に立つ。
ウノ「輸送船1機に40人は乗れる。しかし その中で寝起きするとなると無理をして25人。残りの15人は何処に寝る?」
ミチ「基地完成まで、多少危険を伴うが、簡 易気密室を使うしかない。」
スサ「おい、冗談だろう。あれで完璧な気密 性を保つのは無理だ。ボウレガの事故で犠 牲者が出たのは知っているだろう」
ミチ「しかし、あれから200年は経ってい る。簡易気密室だって、スサが活躍した時 代の骨董品とは性能が違う」
スサ「そうかもしれん、しかし、浄化シャワ ーがなければ外の放射能を気密室に持ち込 むことになる」
マリ「それって本当、スサ?」
マリはスサそしてミチの二人を交互に見る。
マリ「ミチ、貴方はそんなこと一言も言わなかった。いったい、どういうつもり」
  ミチはマリの視線を避け、深いため息で 応じる。
マリ「分かったわ。4ヶ月待つしかないわね。 みんなを危険に晒すなんて出来ないもの」
  肩を落としマリが部屋を出て行こうとす る。その後姿にスサが声をかける。
スサ「いや、マリ、策がないわけじゃない。 浄化シャワーを作ればいい。どうしても  と言うなら2週間くれ。なんとかやってみ よう」
マリ「嬉しい、スサ。有難う、感謝するわ」
  アンリが眉をひそめてスサを見るが、二 人の仲を思いだし、肩をすくめる。

◎ジャングルの中。ブルドーザーで作業をする二人の男。
A 「こんな汚染された地球に送り込まれ、 まして体には高性能爆弾が埋め込まれている。気が狂いそうだ。奴の指令を待つしかない。逆らえば、木っ端微塵だからな」
B 「しかし記憶まで消し去るなんて人間のやることじゃない。だが、ここにいる限り、奴に復讐しようにも手も足もでない。それを思うと、悔しくて夜も眠れない」
  男の頬は無念の涙に濡れる
A 「ああ、いっそのこと奴に逆らってこの 体を爆破してもらった方が楽だと思うこともある」
B 「俺もそう考えたことがある。しかし、 どんなことをしても生き延びる。任期は3年だ。しかし奴はその3年で俺達に何をやらせようというのだ?」

◎完成した地下基地の中。アンリ、ウノ、そしてスサはテレビ電話でマリと話している。
アンリ「どうだ、そちらの地下基地建設の進 捗状況は」
マリ「突貫工事で進めているわ。もう少しで 完成する」
ウノ「ところで例の奴等にはまだ会えないのか?」
マリ「まだよ。でも諦めないわ。兎に角、植 物が巨大化しているから探すのも骨が折れるの」
この時、テレビの画像が途切れた。同時に強烈な爆風が部屋を襲う。三人は吹き飛ばされ部屋の壁に叩きつけられ気を失う。地下基地は濛々たる煙が充満し、あちこちで火の手が上がっていた。

◎巨大な木の生い茂る密林の中。爆発から三月後。ぼろをまとった男女がさ迷っている。その中にアンリ、ウノ、スサがいる。生存者はこの三人を含め6人。男4人女2人である。四人目の男は、体に爆弾を内蔵したあの男である。名前はルイ。女はミミ、アオの二人。
アオ「もう歩けない。空腹で死にそうだわ。 水だけで一週間何も食べていない」
ミミ「そうね、疲れた。どうも体が汚染され て腐ってゆくような気がしてならないわ」
  ミミがその場でうずくまる。先頭を行く  アンリがそれに気付いて立ち止まる。
アンリ「分かった、少し休もう。しかし、ウ ノ、空を飛ぶ機械を見たと言うのはほんと うなのか?」
ウノ「ああ、あれは間違いなく図鑑で見たヘ リコプターというやつだ。風防ガラスもな にもない原始的な機械だった」
スサ「しかし、信じられない。地球人が生存 していたとしてだ、機械を作るほどの頭が あるなんてどう考えたっておかしい」
アンリ「その通りだ。放射能は脳の機能低下 をもたらす。推進連盟は、我々の遺伝子を 彼らに与え、少しでも脳を回復させよう と考えていた」
ウノ「僕はどうもその考えには賛同しかねる ね。自分達が神にでもなったつもりなのか。 そんなことは自然の手に委ねるべきだ」
スサ「その辺が難しいところだ。彼等は我々 の同胞だし、愚かな権力者達の犠牲者だ。 誰だって手を差し伸べたくなる」
アンリ「おい、ウノ、それなら、何故、地球帰還推進連盟のこの企画に乗ったんだ?」
ウノ「あの、息の詰まるような月世界から逃 げたかっただけだ」
スサ「俺も同じだ。人口が管理されているか ら常に同じ顔ぶれ、それに同じ仕事と同じ 環境。百年もやってれば飽きが来る。冒 険がしたかっただけだ」
ルイ「まさに、冒険もいいところだ。こうや って宇宙服も着ないで、汚染された地球を さ迷って、汚染された水を飲んでいる」
アオ「ルイ、やめて、気が滅入るわ。私達の 寿命は確実に短くなっている。こうしてい る今も」
この時、アオの悲鳴。前方を指差す。人影が見える。十数人の半裸の男達が密林のあちこちからその姿を現した。手には槍や剣、そして弓矢を持って、じっと見詰めている。
アンリ「おいおい、噂をすれば影だ。いった いマリは何処を探していたんだ。こんなに いるじゃないか、おい、ウノ、何語でもい い、古代の言葉で話しかけてみろ」
ウノはありとあやゆる古代語で話しかる。 しかし、何の反応もない。だが、敵意はないようだ。何故なら槍や弓矢を向けようとはしていない。アンリがあることに気付いた。
アンリ「奴等の視線を見ろ。俺達のレーザー 銃に釘付けになっている」
それは50センチ程の金属製の筒に握りがついている。アンリがその銃を手に掲  げた。彼らに動揺が走る。奇声を発し、  後退りする。アンリが銃を空に向かって  発射する。人々はその場に這いつくばり、  明らかにアンリ達を伏拝んでいるのだ。

◎土人部落。そこは幅3メートルの掘りと、高さ2メートルの土塁に囲まれた周囲200メートルほどの村。広場には二人乗りヘリコプターが5機置かれている。
家々はみな粗末な竪穴式住居だが、アンリ達が案内されたのは長老の家で、床は竹で張られ壁は丸太で組まれている。
長いあごひげを蓄えた長老がひれ伏している。顔を上げたその長老の唇が動いた。
長老「天使様の御降臨。恐悦至極」
アンリ「おい、しゃべったぞ。何か言った。 おい、ウノ」
ウノ「ああ、分かっている。でも信じられん。 古代日本語だ、しかもかなり古い」
  みながスサを振り返る。スサは日本人の  血を色濃く受け継いでいる。
長老「ええ、古い言葉で、意味は分かりませ んが、大天使様をお迎えする時の言葉です。 それはそうと、どうぞ神様のご命令をお聞 かせ下さいませ」
ウノ「おい、待て待て、それより貴方達は代々日本語を喋ってきたのですか?昔から?」
長老「ええ、もっとも、難しい言葉は、あな た方に教わったのです」
ウノ「あなた方とは、誰のことです?」
長老「あなた方のように、稲妻の杖を持つ方 のことで、私たちは大天使様とお呼びして います。神様の代理の方です」
ウノ「そんな馬鹿な」
アンリ「おい、何て言っているんだ。早く教 えてくれ」
ウノ「ちょっと待て、後で話す」
  ウノは混乱した頭を冷やそうと、大きく  息を吸った。そして聞いた。
ウノ「さっき、神様と言ったが、それはどん な姿形をしているのです?」
長老「遠くからしか見たことはありませんが、 大きな丸いお面をかぶっていました。顔は その中にありました」
  ウノは気付いた。お面とは透明なヘルメ  ットのことだ。それは宇宙服に違いない。  そして大天使様とは今のウノ達のように宇宙服を脱いだ人間のことなのだ。
ウノ「彼等は何時頃来たのですか」
長老「私の曾爺さんのまたまた曾爺さんのま たまた曾爺さんの、遠い遠い昔です」
ウノ「長老は言葉を喋れるが、他の人々は喋 れないのですか?」
  長老はここで胸を張る。
長老「喋れないことはありません。ただ私の ように流暢に喋れないのです。私の血筋  は神から来ています。神の血を別けて頂い たのです」
ウノ「神の血を頂いたとは?」
長老「詳しくは知りません。最初に神様が降 り立った時、神様に選ばれた処女達が血を 別けて頂いたと聞いています」
  ウノはこれまでの話をアンリ達に伝えた。  一同は唖然としてウノの話に聞き入る。
  そこに様々な料理と芳醇な香りを漂わせ  る飲み物が運ばれた。彼等は酒も肉も知  らなかった。その晩、誰もが空腹を満た  すのに目の色を変え、酔いしれ、明日の  不安などすっかり忘れてしまった。

◎洞窟要塞。戦闘が行われている。ヘリコプターも投入された。上空から槍を投げ、或いは弓を放つ。このヘリも武器も大天使様から頂いたものだと言う。
5千を超える軍勢が要塞を這い上がり、攻めかける。アンリ達は高台から戦闘の成り行きを見守っている。
これより半年前、長老は6人の大天使が村に降り立ったことを近隣に伝え、その指揮下に入るよう命令した。多くの村がはせ参じたが、やはり大天使を擁いていたこの村だけが最後まで抵抗し、50メートルを越える崖の斜面にある洞窟群に立て篭もったのだ。
戦闘も終盤を迎えつつある。崖にとりついた人々が徐々に洞窟のひとつひとつを攻略してゆく。その時、最高所の洞穴から稲妻が飛び、一機のヘリが一瞬にして破壊された。
アンリ「スサ、あの洞窟に大天使様と呼ばれ ている人がいる。パワーを最低にして、狙 い撃ちして下さい」
  スサは洞窟に狙いを定める。その間にも  数台のヘリコプターが打ち落とされてゆく。スサが引き金を引く。
スサ「よし、手ごたえありだ」
  四人はそれぞれヘリコプターに飛び乗り、  洞窟へと向かう。

◎崖の上。へりが着陸し、ロープを伝い洞窟へと降りて行く。最初に降り立ったのはウノだ。そこに一人の男が倒れている。ウノはその男を抱き起し、頬を叩いた。男は薄目を開けてウノを見ている。
男 「どういうことなんだ?一体全体、お前 らは何者なんだ?」
  ようやく洞窟に辿り着いたアンリは、その問いに驚き、逆に聞き返す。
アンリ「それはこっちが聞きたい。いったいあんたは何処から来て、何のためにここにいる?そして何時からここにいるんだ?」
男 「俺は月から来た。だが、記憶が途切れ ている。ただ言えることは、百年もの間、 我が同属の守り神として戦ってきた」
アンリ「我が同属とは日本人ということだな。 あんたの血筋は日本人ということだ」
男「ああそうだ。西には中国人、そして北  には白人の国がある。食料を求めて年がら 年中、戦争だ。俺は疲れた。そろそろ潮時 かもしれん」
  その時、女が飛び出して来て、男にすが  く。男は女の背に手を回し、なにやら囁  いている。女が泣き崩れる。
男 「女房だ。地球人の寿命は長くて25年。妻を失う度に涙に暮れた。それが妻に見送られる。こんな幸せがこようとは」
スサ「レーザー銃のパワーは最低にしてあっ た。死ぬわけがない」
男 「いや、死はそこまで来ている。自分に は分かる。そろそろ寿命だったのだ」
ルイ「おい、ってことは、俺達の地球での寿 命もあと百年ってことか」
男 「人それぞれさ。3百年生きる奴もいる。 そうだ、教えておこう。ここ数年、中国が 飢えている。いずれ日本か白人国家連合の どちらかに攻め込むだろう」
アンリ「では、その争いの際、地球人のいう 神は何処にいて、何をしている?」
男 「奴らが何処にいて、何をしているか、 俺には分からん。それより、お別れだ。月 の言葉を久々に喋って疲れた」
  男の首ががくっと前に垂れた。アンリは、  男にしがみ付く妻の揺れる肩を暗然として見ていた。

◎日本人の村。その年、中国軍は白人国家連合の領域に侵入した。ひとます危機は避けられた。毎日、ヘリが飛び戦況を伝える。一進一退を繰り返していると言う。
スサは古代日本語をマスターし、長老達となにやら話しこむことが多い。スサの情報によると、中国勢は数にものをいわせる地上軍が捨て身の攻撃を仕掛けている。白人連合はヘリの数も多く、空からの攻撃で、数では上回る中国軍を翻弄しているという。
こうなると6人のそれぞれのアイデンティが顔を覗かせてくる。アンリとルイは白人、ウノとミミ、アオは中国人である。同族に対する同情心と親近感が次第に顕になってゆく。そして互いに敵意さえ抱くようになっていったのである。1年ほど経った或る日、スサからみなに使いが走った。

◎長老の家。以前とは比べようもないほど豪華な佇まいだ。床は板張り。そこにゆったりとした椅子が7脚、円を描くように並べられている。長老とスサが椅子に腰掛けている。そして全員が席に着いた。
スサ「今日、集まってもらったのは他でもな い。今後について話し合うためだ」
ルイ「スサ、あんたがここでリーダーシップ を執るのはおかしい。ここでの指揮官はア ンリのはずだ」
  1年と言う時は、ルイの容貌を変えてい  た。肉と酒で、ぶよぶよに太っている。  そんなルイに一瞥も与えず、アンリが口  を開く。
アンリ「いや、今は民族というそれぞれのアイデンティティのことで、みなの心は離れ離れになってしまった。もう、それを言っても始まらないだろう」
スサ「私は長老から聞いた話をみなに伝えな ければならない。それを聞いたうえで、ど う対処するか、それぞれが決めて欲しい」
アンリ「つまり戦争は果てしなく続き、みな 否応なく巻き込まれると言うことか?」
スサ「そうだ。地球人の歴史は戦争の歴史だ。 しかも我々が今そう呼ばれる、神の大天使 の名に於いて戦争が行われている」
アンリ「ああ、周期的な気候変動によって飢 餓が訪れ、食料確保のために戦争が起こる。 その戦争の指揮するのが大天使だ」
ウノ「スサ、月政府と交信できないのか?ス サなら出来ると思っていた」
スサ「申し訳ない。やれるだけのことはやっ た。破壊された宇宙船にも何度も足を運ん だが、使える部品などない」
  誰もがうなだれ、絶望がみなの心を鷲づかみにする。スサがヘリで何度も出かけているのをみな知っていた。何かしらの成果を期待していたのだ。
スサ「もう一つ、みなに伝えなければならな い。地球人のいう神は百年に一度、地球 に姿を現す」
  誰もが飛び上がらんばかりに驚いた。ア  ンリは椅子から立ち上がっている。
アンリ「それは本当か?いつだ?いつ来るん だ?」
ミミ「その時、私達はどうなるの?言って。 お願い、教えて」
スサ「次の機会は、西暦13000年。45年後だ。その時、神から勝利者に栄誉と 褒章が与えられる」
ルイ「勝利者とは?そしてその褒章とは何だ?」
スサ「勝利者とは、地球人を指揮して勝利を 得た大天使のことだ。それもただ一人」
アンリ「そして、その褒章とは?」
スサ「褒章とは、宇宙船に引き上げられ、汚 染された体を浄化してもらえる。そのうえ 3百年の命が与えられる」
アオ「どういうこと?それっていったいどう いうことなの?まるで、私達を互いに戦わ せようとしているみたいじゃない」
スサ「その通りだ。もっと最悪なことがある。 地球人の言う神とは、我々と同じ月世界の 人間のことだ」
スサがみなを見回す。その目に涙を滲ませている。
スサ「これまで地球人を指導していた大天使 達の寿命が尽き掛けている。俺達はその世 代交代のために送り込まれたんだ」
  スサの顔が怒りに歪む。
スサ「我々を送り込んだ黒幕の片棒を担いだ のがミチだ。ミチはこの地球から消えた。 恐らく月に帰還したに違いない」
  アオの悲鳴、そして泣き声。誰もが天を、  そして自分達の運命を呪った。
アオ「それならば、どこかにひっそりと暮ら すのよ。アンリ司令官。みなに命令して。 ここから立ち去ってひっそりと暮らすの」
スサ「アオ、あの時のことを思い出せ。森の 中をさ迷った、あの飢餓感を忘れたのか? 食料がなければ生きていけない」
アオ「だったら、彼らに届けさせればいい。 私達の命令なら聞くはずよ」
スサ「食料を援助してもらいながら、彼らが 殺されかけても見殺しにしろと言うのか?そんなこと出来ない」
アオ「でも、それしか方法はないわ。互いに 殺しあうなんて・・そんなこと・・」
  アオ、もう言葉もない。
スサ「それに、今までばらばらだった白人連 合を一つにまとめたのは誰だと思う?」
スサが皆を見回す。固唾を飲む仲間にむかって、スサがため息を漏らす。そして言った。
スサ「マリだ。あのマリなんだ。別行動をとった38人の仲間達もそれぞれの国に属して戦っている」
ルイ「アンリ、こうしてはいられない。38 人のうち25人は中国系だ。月世界の人口 比と同じだ。マリを助けないと」
スサ「そういうことだ。俺も、日本人達が攻 められ、殺されるのを黙って見ているわけにはいかない」
アンリ「一つだけ聞かせてくれ。レーザー銃 はどうなんだ。あれを使えば戦争を有利に 運ぶことが出来る。そうじゃなにのか」
  スサは哀しそうな笑いを浮かべた。
スサ「みな、自分の銃をよく調べろ。エネル ギーの残量を確認してみろ」
  みな慌ててホルダーから銃を取り出し、  カートリッジを抜き取ってその残量を見る。
ミミ「何ていうこと。弾が50発しかない。と言うことは45年の間、1年にせいぜい 一発。誰がこんな細工をしたの?」
スサ「つまりこういうことだ。戦に勝つには、 銃を集めることだ。それが勝敗を決める」
アンリ「どうやら道は一つしかなさそうだ。 ところで、スサ。45年後、この地獄を作 り出した人間が姿を現す。その時が来たら どうする?」
スサ「神の名を語る奴を殺す。いや、今ひとつの道もある。神に擦り寄って若返らせ てもらうかだ。それぞれ勝手にしてくれ」
  うな垂れて、アンリ、ルイ、ウノ、ミ   ミ、アオが立ちあがる。

◎大草原。西暦12987年。白人連合と日本軍が対峙している。両者ともヘリは全機投入している。飢餓が続く中国は人口も減り僻地へと退き、領地を切り取ろうと、両軍は全面衝突する構えだ。
興奮した馬達の嘶きは戦闘員達の心を映して激しくなるばかりだ。白人連合の陣地にアンリの高らかな声が響く。「矢を放てー」
幾千本の矢が空中で交差する。 
スサは大きな楯の陰に馬を置き、矢玉をやり過す。何本もの矢が楯に突き刺さり鏃が顔を出す。スサが馬に飛び乗る。号令が響く。「突撃―」
両者とも肉弾戦である。スサはその先頭で馬を進める。頭の上で刀を振り回す。
  丘の上からアンリは両軍の激突を見詰め  る。その横にマリがいる。
マリ「無敵を誇るスサ軍団の強さはどこからきているの?」
アンリ「スサの横にいるラッパ手がスサの命令を全軍に伝えている。彼はスサの子供だ」
マリ「妻も子供も数え切れないって噂ね」
アンリ「ああ、その子供達を教育して土人のリーダーに育てている。スサ軍団の強さの秘密だ」
マリ「貴方もそうしたら、私は月に戻って、体から産児制限プログラムを取り除かない限り二人目は生めない。白人国家連合のためなら目をつぶるわ」
アンリ「土人妻所有者達には子供の教育を指示した。スサに遅れること30年だが、いずれ効果を現す。それから土人妻だが、僕はいい。君と一人息子のシンがいる」
   マリの表情が一瞬曇るが、アンリは気付かない。
マリ「見て、やっぱり罠だった。手薄に見え た東の草原を見て。あの隣接する林に最初から伏兵を忍ばせていた。なんてこと」
アンリ「君が言うと、まるでスサを賞賛して いるように聞こえる」
マリ「そんなふうに取られるのは心外だわ。 スサは白人連合の敵よ」
アンリ「君は心にはスサがいる」
マリ「・・・・」
マリ「負け戦になりそうね。覚悟しておいた 方がいいわ」
アンリ「いや、まだまだこれからだ」
そこにルイが棹立ちした荒馬を御しアンリの前に。
ルイ「アンリ、俺の隊は全滅だ。お前の親衛 隊を借りるぞ。スサの野郎と今日こそ決着 をつけてやる」
アンリ「かまわん、連れてゆけ」
  ルイと親衛隊500騎が丘を駆け下り、  スサのいる戦線へと向かう。日本軍を蹴  散らし、デブ将軍と渾名されるルイが剣  を振り回しスサに迫る。
ルイ「スサ、勝負しろ。地球人を退けろ」
  スサが応じる。二人の剣戟を見守る両軍  兵士。なかなか勝負がつかない。
ルイ「貴様、今日もあんな汚い騙まし討ちを  しやがって。そんなに栄誉に浴して、若返 りたいか?」
スサ「栄誉も、若返りも、糞くらえだ。俺が 欲しているのは復讐だ。勝ち抜くためには 何でもする」
  これを聞いて、ルイが一瞬動きを止めた。  その隙をついてスサが刀の峰を返し、ル  イの兜を打つ。ルイは落馬する。倒れた  ままスサを見上げて、にやりと笑う。  立ち上がると、見方の騎兵の後ろに飛び  乗った。
ルイ「今日のところは、これまでだ。引き上  げるぞ」
  500騎を従え、ルイが走り去る。追撃  しようとする日本軍の将兵をスサが制する。

◎西暦12980年。中国軍陣地。中国兵に身をやつしたスサがモウ大天使のテントの前に来る。
歩哨「止まれ、お前は何者だ?」
スサ「チン大天使様の伝令、スウ。緊急の指 令を伝えに来た」
  中に通され、スサはベッドから起き上が  ろうとするモウに襲い掛かる。一瞬にし  てモウは気を失う。スサはモウのレーザ  ー銃を袋に入れ、悠々とテントを去る。

◎大草原。テフリ河を挟んで白人国家連合と中国軍がにらみ合う。人口の回復した中国軍は肥沃な大地を奪い返すために立ち上がったのだ。丘の上に大天使達が軍勢を見下ろす。
A 「おい見ろよ。モウが地球人達に甲冑を  着せられている」
B 「レーザー銃を失えば、神の代理とは認 められない。モウは地球人に嫌われていた。今日は奴の命日になる」
C 「地球人もそれが狙いさ。奴らも次第に 現実が見えるようになっている」
A 「それより俺達が選んだウノがどう戦う か見ものだ」
B 「ああ、ウノは、スサ以上に勇敢だ。やはり若い。血がたぎるのだ」
A 「神の降臨の時には互いに争うことになるが、今は強い奴をリーダーにしておくに限る。ウノよ、せいぜい気張れ」
  ウノの戦ぶりは、山頂から成り行きを見  守っていたスサも舌を巻いたほどだ。戦  闘は半日にも及び、とうとう白人連合軍  は敗走する。
  追走する中国軍がマリに迫る。マリがレ  ーザー銃で迎え撃つが、数で押してくる  中国軍には効き目はない。
  スサが山を駆け降りる。昨夜奪い取った  レーザー銃を撃ちまくり、マリを救う。

◎日本軍陣地。スサのテントの中。マリとスサが見詰めあう。
マリ「アンリは逃げ延びたようね」
スサ「ああ、手痛い失点だ。神は見ている」
マリ「その点、貴方は連戦連勝。神の栄誉を 受けるのはスサだというもっぱらの噂よ」
スサ「そんなことはどうでもいい」
マリ「そうかしら。貴方はレーザー銃を誰よ りも多く持っている。貴方は神の栄誉しか 頭にないって」
  じっと見詰めあう。最初に一歩近づい   たのはスサだ。そしてマリがスサに飛   びつくようにして抱きつく。激しいキ   スと抱擁。
スサ「どうか、ここにいてくれ。君なしには 生きていけない」
マリ「何人も奥さんがいるんでしょう。月世 界の人間としてのプライドはないの?」
スサ「奴らだって、俺たちと同じ人間だ」
マリ「同じ人間でも、私達とはレベルが違う。彼らの血は放射能に汚染されているわ」
スサ「それを言うなら、我々だって同じことだ。少しでも我々の血を彼らに受け継がせて、汚染された血を薄めたいと思っている」
マリ「それが本音だとは思えない。貴方は男としてやりたいことをやっているだけよ。不潔だわ」
スサ「勝手にそう思うがいい。もう、そんな話はどうでもいい」
  スサが哀しそうにマリを見詰める。
スサ「頼む、どうか、ここにいてくれ・・」
マリ「それは出来ない相談だわ。子供も、夫も、そして我が同胞もいる。私の心は彼らと共にあるの」

◎白人国家連合と日本の国境。スサがマリと馬を並べ草原を進む。その後ろには数万の軍勢が続く。
マリ「私の命がレーザー銃1丁だなんて、安 く見られたわね」
スサ「せっかく中国軍から奪ったレーザー銃 の弾を、君を助けるために撃ち尽くした」
マリ「・・・・」
マリ「そうそう、言っておくわ。今年初陣し た息子のシン。あの子は貴方の子供よ。常に先頭をきって走り出す。もし、戦場で会ってもあの子を殺さないで」
スサ「・・・・」
  両軍が対峙する。マリが馬を走らせ白人  連合の陣地へ、レーザー銃一丁を掲げた  白人が日本軍の陣地へと向かう。無事人  質が返され、両軍が引き上げてゆく。遠  く隔てて見詰めあうマリとスサ。

◎中国軍陣地。ウノのテントの中。
アオ「あなたは人が変わった。まるで人殺し を楽しんでいるみたい」
ウノ「殺人ではない。戦争なんだ。男達は同 胞のために命を捨てる。死ぬことによって 家族を飢えから救うのだ」
アオ「はたしてそれだけかしら。戦の後の虐 殺も必要悪?」
ウノ「あれは止められない。血に酔った人々 を止めることなど不可能なんだ」
アオ「でも、スサはそれをしない」
ウノ「奴は日本人にとって、神の代理ではな く神そのものだ。日本人は奴の命令には逆 らわない。もういい、その話はするな」
アオ「分かったわ、もうしない。それより、 心配だわ。ミミの恋人のアンが貴方の地位 を狙っているという噂よ」
ウノ「ああ、マリをわざと逃がしたと触れ回 っている。ふふふ、確かに俺はマリを逃がした。スサとマリ。あの二人を、一度、どうしても会わせたかった」
  ウノが微笑む。アオもそれに応える。

◎大草原。中国軍5万を前に閲兵するウノ。その後から一人の男が近づく。太陽の光がナイフに反射する。アオの悲鳴。そのアオの背後にも男が忍び寄る。ウノとアオ、互いに見詰め合う。ウノの目が闇に閉ざされた。 


◎西暦12986年。白人連合と中国の国境。中国軍と白人連合の戦闘が山場を迎えている。白兵戦になり、マリの息子シンの部隊は孤立し、周りを取り囲む親衛隊員が次々と中国軍の刃に倒れてゆく。丘の上、マリが馬に飛び乗り、アンリの止めるのもきかず走り出す。
白兵戦の中、馬で疾走するマリ。走りながらレーザー銃を撃つ。中国軍の兵士数人が一瞬にして消え、周り人々が吹っ飛ぶ。
疾走するマリの前方に倒れていた中国軍の兵士がむっくりと上半身を起し、横を通り過ぎようとするマリの馬の脚を槍でなぎ払う。マリの体が10メートルも飛ばされる。そこに中国軍の兵士が群がる。
白人連合軍兵士達の絶望の叫び。それが激情となって彼らの体を衝き動かす。形勢が逆転する。怒涛のごとく中国兵達を襲う。
息子の死に殉じた女王マリは地球の白人達の伝説となり、とわに語り継がれた。


◎スサのテント。伝令がスサのテントから出てくる。テントの中からスサの号泣が響く。しばらくしてその声が止むと、一人の男がテントに入ってゆく。日本人ではない。その髪は金髪である。しかし、日本軍の軍装である鎧を着、手には兜を持っている。
ルイ「言うべき言葉もない。最愛の人を二人 も同時になくすとは。とはいえ、スサにはやるべきことがある。それを忘れるな」
スサ「分かっている。このことは深く心に刻 んだ。必ず奴らに復讐してやる」
  いつにないスサの激情にルイは眉をひそめる。
ルイ「冷静になれ。冷静にならなければ戦に は勝てない。そう言ったのはお前だった。俺たちの戦の目的を忘れるな。俺がここに来たのはそのためだ」
  あのぶくぶく太ったルイではない。精悍  な戦士に生まれ変わっている。
ルイ「スサ、お前は例の仕事に専念してほしい。お前の兜を被れば、体つきはそっくりだし奴らに気付かれることはない」

◎深い森の中のコッテージ。スサが粗末な工作機械を動かしている。火花が散り、鉄の焼ける匂いが部屋に充満する。この小屋に篭って2年になる。戦闘はルイに任せたきりだが、連戦連勝だという。スサがふと手をやすめる。
スサが森の小道を歩いてゆく。行き詰るとこうして森を散策する。ふと見ると目の前に、少女が佇んでいる。スサに微笑みかける。妻を娶らなくなって久しい。この時、スサの心が動いた。スサが妻を娶った。妻の名は真理恵。
地球人の寿命は多少長くなったとはいえ27〜8年である。あっという間に老けこんで死んでしまう。死別は身を切られるような辛さだ。だからもう止めようと思っていた。しかし、この真理恵の微笑みには何故か懐かしさを覚えた。安らぎの3年が過ぎ、真理恵はスサの元を去った。
研究に没頭するスサ。何もかも忘れて工作機械に挑む。何度も投げ出そうとおもったことか。しかし、復讐心がスサを奮い立たせた。
 そんな或る日、スサの元に少女が訪れる。そしてそっと手紙をさしだしたのだ。スサがその手紙を開ける。信じられない思いが手を震えさせた。そこに書かれた文字は月世界の文字であった。
「愛するスサへ 
命の炎が消えようとした一瞬、月世界で過ごした貴方との思い出のすべてが鮮明に心に浮かんだのです。その時、神に祈りました。もう一度、貴方に会わせてと。その願いがかなったのです。真理恵は、私、マリの生まれ変わりでした。
この不可解な現象を誰よりも真実として受け止めることが出来るのは、私の筆跡をよく知るスサだけでしょう。
貴方がこの手紙を読む頃には、私はこの世にはおりません。でも悲しまないで。私は幸せな一生を送ったのです。
森のコッテージで過ごした3年は私にとって何よりの思い出です。その思い出を胸に旅立ちます。
私は前世の記憶を持ったまま生を受け、そして再び貴方に会うことが出来たのですから、これほどの幸せはありません。たとえ、それを貴方が知らなくとも。
神様は本当にいるのかもしれません。戦争に明け暮れ、親兄弟とさえ生き別れることが当たり前のこの世で、そう思えたのです。
その神様に、貴方の心に宿る憎しみがいつか消え去ることを祈ります。
さようなら。愛をこめて、マリより。」

◎ルイのテント。スサが袋を担ぎそのテントに入ってゆく。
スサ「ルイ、とうとう出来たぞ。」
  ルイがベッドから飛び起きる。
ルイ「間に合ったか。毎日毎日、いらいらしていた。おれの寿命も尽きかけている。 ほとんど諦めかけていたんだ」
  ルイが奪うようにして袋を取り、中から  レーザー銃を取り出す。
ルイ「少し大きめだが少し離れれば気付かれ  ない」
スサ「研究を重ね、49丁のレーザー銃から この一丁を苦労して作り上げた。あの硬質 ガラスを射抜くことが出来る。あの瓦礫と なった宇宙船で試してみた」
ルイ「よくやった。本当によくやってくれた、 スサ、これで思いが叶う」
スサ「しかし、チャンスは長くても1秒。そ れ以上だと逃げられる恐れがある」
ルイ「分かっている。俺に任せろ。スサを引 き上げる瞬間に、無重力発生装置のレンズの窓が開く。そこを撃ち抜けばいいのだな」
スサ「ああ、数秒だが宇宙船は制御不能に陥 るはずだ。降下して地上まで落ちてくれば こっちのものだ」
ルイ「分かっている。後は手はず通りだ。失 敗すれば死ぬだけだ。それはそれで、さっ ぱりする」

◎西暦13000年。何度も大戦が行われた平原。スサとルイが佇む。上空に大きな宇宙船が静止している。宇宙船から声が響く。
声「スサよ、よくぞ戦い抜いた。お前の戦ぶ りはつぶさに見ていた。45年の苦労に報 いる時が来た。お前には200年の生命が与えられることになる。しかし、栄誉は一人のみだ。傍らにいるのは誰だ」
スサ「親友のルイです。私を見送りに来ているだけです。宇宙船には乗り込みません」
声 「ルイか。死んだとばかり思っていたが、スサと一緒だったとは。見送りとは殊勝なことだ。スサ、しばらく待て。お前の体は宇宙船に引き上げられる」
スサ「準備はいいか」
ルイ「ああ」
  ルイが腰をかがめレーザー銃を構える。  稲妻が発射された。宇宙船に衝撃が走る。  宇宙船は木の葉のようにゆっくりと降下して着地する。地響きと砂塵。
  スサとルイが走る。スサが窓を打ち抜き、  破損した窓から丸い金属球を投げ込む。  金属球は中で回転しながら噴煙を吐き出している。

◎宇宙船の中。丸い金属球から機械音が響き渡る。
機械音「爆発まで後1分30秒、カチ、カチ・・・爆発まで1分20秒、カチ、カチ・・・爆発まで1分10秒カチカチ・・・」
  人々が逃惑う。金属球を拾って外に出   そうとするが、動きが早く拾うどころ   ではない。外からスサが怒鳴る。
スサ「一分以内に爆発する。これは脅しでは ない。50年間研究して作り上げた高性 能爆弾だ」
  もう一つの金属球は外で濛々たる煙を吐  き出し、あたりは煙幕に包まれる。二人  はじりじりと待つ。しばらくしてハッチ  が開かれ、ぞくぞくと人々が逃げ出して  くる。最後の一人が宇宙船から脱出する  と、宇宙船のハッチが閉じられた。呆然  と宇宙船を見つめる人々。総勢36名の  男女。中には裸の者達もいる。何をしていたのやら。濛々たる噴煙の中に立ち尽くす。宇宙船から声が響く。
スサ「軍司令官、エン、久しぶりです。おや、 ご子息のミチもご一緒とは。そして月世界 のお偉方もいらっしゃる。そうそうたる顔 ぶれだ」
エン「スサ、いったいお前は何をしようとし ている」
スサ「勿論、あなた方に復讐するのです。血 で血を洗う戦争を鑑賞してきたあなた方自身に、血を流してもらうのです」
エン「馬鹿なことを。戦争を鑑賞してきただ と、何の証拠があるというのだ」
  宇宙船からレーザーが発射され、平原に  聳える大木が倒れた。その中から複雑な  機械が、そして大小のレンズがあたり一  面に散る。あちこちに散在する巨大な岩  からも同じような装置が顔を出す。
スサ「あなた方は刺激を求めていた。戦争ほ ど刺激的なものはない。自分達は安全な場 所に身を置き、地球人が戦争するよう仕向 け、その戦争を鑑賞してきた。その報いを 受けなければならない」
エン「ふん、小賢しいことを言う。報いを受 けるのはお前だ。こんなことをして、ただで済むとおもったのか。お前こそ報いを受けるべきだ」
スサ「さて、それが出来るかな?」
エン「いいか、よく聞け。この地上に送られ てきた人間の内25人はその体の中に高性能爆弾が仕掛けられていた。中にいるルイもその一人だ」
  エンは手に持った小さな装置を宇宙船に  向かってかざした。
エン「これを見ろ。何だか分かるか、スサ。これは爆弾人間全員の起爆装置だ」
スサ「それでようやく納得がいく。有利に展開していた戦が、原因不明の爆発で形勢逆転することがあった」
エン「今さら気付いても遅い。さて、宇宙船内を破損しない程度の爆発にしておこう。ルイの番号は18」
  スイッチが入れられた。宇宙船に何の変  化もない。
スサ「爆発など起こらない。不発ではないのか?」
エン「ふっふっふ、そう焦らなくてもよい。 10秒後にセットしてある。お前にお別れ の言葉をかけたかったのだ」
  この言葉に、外に逃れた総勢36人はほっと胸を撫で下ろし、固唾を飲んで再び宇宙船を見守る。
スサ「エン、言うのを忘れていた。ルイはこ の船には乗っていない。お前達を地獄に落 すために、今、ルイはその役割を果たそう としている」
  その時、噴煙のなかから、ルイの顔がぬ  ーと出てきた。軍司令官の真後ろだ。人々の悲鳴。逃げ惑う人々。ルイはエンを羽交い絞めにした。振り解こうともがくが、ルイはその手を離さない。エンの絶望的な悲鳴、そして轟音とともに肉片が当たり一面に散った。
  爆発から逃れた人々も、周り中から雲霞  のごとく押し寄せる騎兵の群れにただただ立ち尽くすのみだ。

◎再び宇宙船の前。42人の男女が宇宙船の前に佇み、一人の男を見ている。
アンリ「どうしても残るというのか」
スサ「ああ、残る。あの手紙を読んだだろう。 この地球でマリは俺を待っている。」
アンリ「もしかしたら月世界かもしれないじ ゃないか」
スサ「いや違う。この地球の空気、森、そし て星空。みんなマリがここにいると語りか けてくる。ここを去ることなど出来ない」
アンリ「また会おう」
スサ「ああ、縁があればな。それから、最後 に言っておこう。あの手紙を月政府の要人 に見せろ。そしてこう言え。地球に干渉す るなと。もっとも、お前達が地球人の輪廻 転生に加わりたいと思うならべつだが」
アンリ「それはご免こうむる。少しでも長生 きしたいというのが本音だ」
ミミ「もうスサと戦争できないと思うと、何 となく寂しいわ。あんなに平安を欲してい たというのに。どういうことなのかしら」
スサ「本能さ」
ミミ「戦うことが、本能?」
スサ「そうだ。人間が持つ悪しき本能の一つだ。その本能を満足させるために宗教があった。この地球には白人教、日本教、中国教があった。それぞれに神がついていた。神の名の下に異教徒を殺すのに良心はいらない。奴らはそれを知っていた」

◎神殿のなか。スサは死の床にいる。建物の周りには数万の人々が集い、指導者の死を嘆き悲しんでいる。スサは地球人に多く掟や教えを残した。「汝、人を殺すことなかれ」は戦乱の荒々しい雰囲気が色濃く残っていた時代に、「和をもって尊しとす」はスサの指導で混血が奨励され、新たな社会秩序が求められた時代に、「汝の敵を愛せよ」は社会が落ち着き、理想を求める機運が高まった時代にそれぞれ語られたものである。そのほかにもスサの教えは数えればきりがない。

◎荒野をさ迷う人々の姿。気候変動により、地上の楽園「エデンの園」は放棄された。神々と呼ばれた月の一部の権力者が放射能汚染を少しでも緩和しようと創造した楽園である。と同時に三つの民族が血で血を洗う戦争に明け暮れた大地でもあった。
人々は地球の各地へと散っていった。放射能も少しずつだが減少していたのだ。そしてスサの伝説はあらゆる地の宗教や神話の源となったのである。
日本神話のスサオノノミコトはこのスサのことで、姉であるアマテラスを攻めて黄泉の国に落とされる。これはスサが、白人の間で伝説となった女王マリの国を何度も攻めたのを、日本に移り住んだ人々が記憶に留めていたのである。ただ、女王マリを攻めたことで黄泉の国(地球)に落とされたというのは明らかに誤伝である。
また、スサノオは牛頭天皇とも呼ばれるが、牛頭とは地獄の番卒のことだ。つまり放射能で汚染された地球を月の人々は地獄と呼んでいたのだし、その指導者になったスサが牛頭の天皇と呼ばれたとしてもおかしくはないのである。
伝説だけではなくスサの血も、確実に地球の人々に伝えられた。インドでは仏陀に、ユダヤではイエスに、中国では孔子そして老子に脈々と受け継がれていた。
 血の流れとは別である魂の方はどうなったのであろうか。読者の方々だけにはそっとお教えしよう。イエスの父ヨセフと母マリアは、実はスサとマリの生まれ変わりだったのである。
残念なことに二人は前世を覚えていなかった。しかし、それは人間誰しも同じことなのだから仕方がない。愛する子に先立たれるという不幸に見舞われたが、二人は互いにいたわり、慈しみ、その生を終えたのである。

(注)この物語の中で日本人が出てくるが、これは現在の日本人ではない。エデンの園ではいくつもの民族が混血して三つになった。現在の民族と呼ばれる集団は、エデンの園を放棄し、地球を放浪した時代に新たに形成されたのだ。
ただ、大陸と地続きであった頃に移り住み、その後、海で隔絶された日本列島の住民に、エデンの園で使われた共通語が色濃く残ったということは有り得ない話ではない。


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